【山本真一郎】「とてつもない好奇心」が現場経験を補う。人事は途方もなく面白い仕事——私のルール

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「今日より明日」をハイレベルで追求。常勝スポーツチームのように結果を追い求める、Netflixでのエキサイティングな毎日
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人と事業に対して「とてつもない好奇心」を持ち続ければ、人事キャリア1本でも現場経験にも劣らない価値ある知見を得られる
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キャリア選択の基準は「次はあれが面白そう!」。優秀な人事パーソンは自らの幅を広げ、強みを尖らせながらゼネラリストとして活躍
数多くの話題作を生み出し、世界のエンターテインメント業界を革新するNetflix。その日本法人で人事責任者を務める山本真一郎さんのキャリアストーリーに迫ります。
P&Gで人事キャリアをスタートし、外資系企業や有名テック企業で重要ポジションを担ってきた山本さん。業界や国境を越えて新たな挑戦を重ねることができた背景には、「人」への深い愛情と、「人事として事業成長に貢献する」という強い信念がありました。
インタビューは、独自のカルチャーや組織運営で注目を集めるNetflixの現在地から始まります。
「常勝スポーツチームのように結果を追い求める」Netflixでの毎日
——山本さんは2023年6月にNetflixへ転身し、日本法人の人事責任者を務めています。それまでのキャリアとはまったく異なる事業領域ですね。
山本氏:私はP&Gやジョンソン・エンド・ジョンソン、GEといった外資系大手で人事パーソンとしての経験を積み、メルカリというテックカンパニーの雄で新たなビジネスの潮流を学びました。そこから次のキャリアを展望する際に、伝統的な大企業に戻ることは考えませんでした。
Netflixはエンターテインメント企業であると同時にテック企業でもあり、ほぼ“No Rules”で組織を運営する独自のカルチャーを持っています。ルールやプロセスを極力廃し、Netflixにとって最大の利益を出せるよう、一人ひとりの社員が責任を持って判断できるようにしているのです。そんな組織の在り方も、人事としてはとても興味深く感じました。
——山本さん自身は、Netflixのカルチャーをどのように味わっていますか。
山本氏:とにかくエキサイティングですね。
たとえば、Netflixが掲げる4つの基本理念のひとつに「ドギマギするほど面白い」というものがあります。
原文は“Uncomfortably Exciting”。このUncomfortablyとは、居心地が良くないことを意味する言葉です。自分にとって居心地の良くない状況だとしても、魅力的なエンターテインメントを世界中へ届けるために、「次は何が来る?」というワクワク感を自分のものとして受け入れ、大胆かつ野心的になる。そんな姿勢を大切にしているわけです。
これまでに経験した企業と比べて、タイムラインが随分短いという感覚もありますね。どんな企業にも「今期より来期」「今Qより来Q」をより良くしていこうという感覚があると思いますが、Netflixは「今日より明日」なんです。明日をより良いものとするために、今日1日をどう過ごすのか、高いレベルで追求することが全社員に求められています。
こうした中で、私は日本の人事責任者を務めています。プレッシャーを感じていますし、常により良い状態を求めていく過程では苦労も少なくありません。それでも、常勝スポーツチームのように愚直に結果を追い求める日々は本当にエキサイティングですよ。
普通ではダメ。人生最高の仕事をNetflixで実現してほしい
——現在はどのようなミッションを担っているのですか。
山本氏:大きな役割として、グローバルの人事戦略と一貫した形で日本における組織人事戦略の構築と実行を担っています。前述の通り、私たちはルールで縛る組織運営を志向していません。それでもカルチャーが緩むことのないよう、世界中で一貫性を持たせているNetflixとしての社員体験(エンプロイーエクスペリエンス)を日本でも実現し続けなければならないのです。
その上で、日本のリーダー陣には日本でのビジネスを成長させていくことが求められています。人事の領域においては、私以上に全体を俯瞰できるポジションはありません。組織や人材のアウトプットを最大化するために何をするべきか。その戦略や方針を提案し、実行していくことも私の大切なミッションです。
——外部から見たイメージとしては、Netflixの人材マネジメントに「パフォーマンス重視」「成果主義」の印象を持つ人も多いと感じます。山本さん自身はどのようなスタンスで人材と接しているのでしょうか。
山本氏:社員にハイパフォーマンスを求めるのは当然であり、一人ひとりへの期待値はとても高いです。「普通」ではダメ。GOODではなくGREATでなければいけないし、GREATを達成したなら、次はさらなる高みを目指してほしいと考えています。
そのために重視しているのが、互いに切磋琢磨するためのプロセスです。私たちは歯磨きをするように日常的にフィードバックを行っていますが、これは「できていないから」ではなく、「もっと良くしていくため」に行うもの。こうした環境や風土を自分ごと化できるようにするのも私の責任の一つですね。
この環境をしんどいと感じて離れていく人もいるかもしれません。一方、この考え方があるからこそ最適な人材が集まってくれているのも事実です。ハイパフォーマーを正しく評価し、その人がその市場でもらい得るであろう最高水準の給与を出すようにも努めています。
Netflixを活躍の場として選んでくれた人には、ここでしかできない仕事をやってほしいし、人生最高の仕事をここで実現してほしいと思っています。
HRBPとして「経営と現場を理解し切る」ことに努めたP&G時代
——現在に至るまでの歩みをお聞きします。山本さんは新卒でP&Gジャパンに入社したときから人事に携わっています。最初のキャリアとして人事を選んだ理由を教えてください。
山本氏:私は大学院時代にニューヨークへ留学し、アメリカ文学や文学理論を研究していました。そのまま博士課程に進むつもりだったのですが、諸般の事情で帰国し、就職することにしました。
自分がアメリカで身に付けたロジカルシンキングやプレゼンテーションの力を活かせるのは、おそらく外資系企業。また、文学や哲学など、人間の内面を扱う分野を学んだ自分に最も向いている領域は人事ではないか——。
そんな軸を持って就職活動をしていたところ、職種別採用でHRを募集していたP&Gと出会ったんです。最先端の理論を取り込んで戦略的な人事を追求するP&Gなら大きな学びを得られると感じ、入社を決めました。
——P&G時代の仕事で、山本さんが大切にしていたルールや作法をお聞かせください。
山本氏:P&GではHRBPや工場人事責任者など、現場に貢献する人事を経験しました。
その中で重視していたのは、「会社とビジネスにとって正しいことは何か」を常に考えること。新たな人事施策を導入するときも、組織をつくり変えるときも、あるいはダウンサイジングをしなければならないときにも、会社にとっての喫緊の課題や、いま何が最も大切なのかを理解するように努めていましたね。
そのためには会社の財務状況や事業部の状況を把握していなければいけません。ダウンサイジングのプロジェクトでいうと、積極的にやりたがる人はそもそもいない。それでもなぜ必要なのか、どんな将来につながるのかを、現場のリーダーだけではなく人事こそが語れなければならない。だから自分なりに一生懸命勉強しましたし、たくさんの情報を集めていました。
私たちはそもそも、人事になるために入社したわけではありません。ビジネスをやるために会社に入ったはず。たまたま得意な領域がHRであり、これを活用して事業部門とともにビジネスを動かしていく意識を持つことが大切なのだと思っています。
ただ、会社の視点ばかりでは良い人事にはなれないとも感じていました。最終的に価値を創り出すのは現場だからです。製造業なら、工場の技術者の方や、セールスやサービスの仕事に従事している方たちが価値創造の最前線。その人たちの考えを理解するために、敬意を持って接し、分からないことは丁寧に質問して、教えを乞うことも大切にしていました。
「HR=Human Resources」という言葉は、人とリソースで成り立っていますよね。経営目線ではリソースを重視しなければいけませんが、現場と接するときには、人を重視しなければ現場の文脈を理解できません。
私は、若手時代に人事の師匠と仰ぐ大先輩に教えてもらった「人を扱うことの畏(おそ)れを忘れるな」という言葉を今も大切にしています。人事をやっていると異動・配置をしたり、ときには辞めてもらったりすることもあって、あたかも自分がパワーを持っているように錯覚することがあります。そうなってしまわないよう、私たちは常に人に敬意を持ち、人事という仕事への畏れを忘れないようにしなければいけないんです。
「人事の軸」をぶらさず、「やったことがない領域」に挑み続ける
——その後、山本さんはP&Gを飛び出して新たな活躍の場へ移っています。
山本氏:最初の転職は、プライベートの事情で、P&Gの本社がある神戸から東京へ移ることになったのがきっかけでした。
また、「P&L(損益計算書)に責任を持つ人事をやってみたい」という想いもありましたね。それまでに部門付きのHRBPや工場人事などを務め、生産性を高めながらコストを下げて事業に貢献することを経験していたので、次は営業やマーケティングを支え、P&Lの責任を担えるポジションを志向していました。その舞台がジョンソン・エンド・ジョンソンにあったことが転職の決め手です。
——営業やマーケティングに職種転換することは考えなかったのでしょうか?
山本氏:歩んできた道の延長線上にキャリアを築いていきたかったので、転職時は人事にこだわりました。
考え方は人それぞれだと思います。人事パーソンとしての幅を広げるために、他の職種を経験すべきだという意見にも一理ある。「あなたは人事しかやっていないから、営業のことは分からないだろう」と指摘されれば、たしかにその通りですよね。
だけど、営業へ転身して2〜3年経験したとして、それで「営業が分かるようになった」と胸を張って言えるようになるとは限りません。「たかが2〜3年の経験しかないじゃないか」と言われれば、それもその通りなわけです。
私の場合、人事については専門性を持ち、それを磨き続けているという自負がありました。そして、営業やマーケティングに対する「とてつもない好奇心」を持っていました。
人事として支える事業部門と、そこで働く人たちのことを理解したい。そう本気で思い、“とてつもない好奇心”を持ち続けることで、現場経験にも劣らない価値ある知見を得られることもあると考えています。
私が好きな言葉に「Fake it until you make it」というものがあります。「できるようになるまでは、できるフリをしろ!」という意味です。
人事は、ときに背伸びをしなければいけない立場。営業部門と接するときには営業のことを分かっている顔をしなければいけないし、経営会議に出ているときには経営を理解している顔をしなければいけないんですよね。自信のない顔をしている人事パートナーに対して、ビジネスリーダーが信頼して自己開示をしてくれることはないでしょう。
「人事のプロ」として生きていく覚悟を持ち、ときには無理をして「できるフリ」をしながらでも全速力で学び続ける。できるフリに見合った自分になれるよう努力を続けていくことで、いつか本当にできるようになっていくのではないでしょうか。
——GEやメルカリへの転職理由もお聞きしたいです。
山本氏:私の人生の転機における選択には、「やったことがないことをやりたい」という考えがベースにあります。自分の中の引き出しを増やしていくこと、新たな挑戦をすることが、とにかく好きなんですよね。
P&Gでは製造現場の人事やコーポレート人事を、ジョンソン・エンド・ジョンソンではセールス&マーケティングの人事を経験しました。次のGEヘルスケアでは、アジア・パシフィック地域を統括するサービス事業およびライフサイエンス事業のGMとともに、日本・韓国・オーストラリア・ニュージーランド・ASEANを管轄するHRリーダーの役割に挑みました。
その後はグローバルヘッドクォーターのアメリカで働くチャンスが近づいていたのですが、世の中がコロナ禍に突入し、白紙になってしまいました。新しいことをやりたいという気持ちが捨て切れず、お声がけをいただいたメルカリへ移ることを決断しました。初の日本企業で、初のテックカンパニー。まさに新しい挑戦でしたね。
——メルカリから現在のNetflixも異なる業界へのチャレンジです。知らない世界へ次々に飛び込んでいく原動力は?
山本氏:「次はあれが面白そう!」という気持ちだけです(笑)。幅が広がれば広がるほどビジネスは楽しいので、生きている限りは、いろいろなことをやりたいと思っています。
キャリアのヒントは「ロールモデルをできるだけ多く見つける」こと
——山本さんは外資系企業も日系企業も経験しています。人事パーソンとしてのキャリアを積む上で、外資系と日系ではどんな違いがあるのでしょうか。
山本氏:それぞれに強みがあると感じますね。
外資系企業では「人事はビジネスパートナーである」という考え方が浸透しています。いわゆる管理型人事の仕事だけでなく、事業にダイレクトに貢献する人事を経験したいなら、外資系に進む選択も検討したほうがいいかもしれません。
日系企業の強みでいえば制度設計でしょうか。海外展開する大企業であれば、ヘッドクォーターとしてグローバル規模の制度設計に携わる機会もあるでしょう。
とは言え、外資系・日系にかかわらず優秀な人事パーソンはたくさんいます。どんな場であっても、自分次第で大きな学びを得られるのではないでしょうか。
——山本さんが思う「優秀な人事パーソン」とは。
山本氏:「ここはかなわないな」と思う人はたくさんいます。でも、全部が100点の人はいないとも感じます。
ある人は財務知識をベースにしてビジネスとHRを紐づける。ある人はファシリテーション能力に長け、ビジネスの議論を次々と前に進めていく。またある人は、ものすごく緻密に制度設計をする…。
そんなふうに、優秀な人事パーソンは何らかの強みを持ち、それを尖らせながらゼネラリストとして活躍している印象です。その意味では、自分にとってのロールモデルとなる人をできるだけ多く見つけたほうがいいと思います。
——これまでのキャリアや経験を踏まえ、山本さんが「人事パーソンとして大切にしている信念」を教えてください。
山本氏:「愛されるよりも愛したい」です。
人事を務め続ける限りは、“とてつもない好奇心”を持って人を知りたいという想いがあります。自分が愛されることよりも、まず相手を愛することを大切にして、人事という途方もなく面白い仕事を究めていきたいと思っています。
取材後記
山本さんのキャリアを伺っていると、若木が成長して大樹に至る光景が浮かびました。「人事」という太い幹を大切にし、企業や業界、国境を越えてたくさんの枝を伸ばしていった山本さん。学生時代に培った教養と知識の根っこが基礎にあるそうです。「人を深く知る」ことを重視する自らの強みを認識し、人事にこだわりながらも、軽やかに新たな舞台を目指す。そんな山本さんの生き様に感銘を受ける取材となりました。
企画・編集/田村裕美(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也
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