2万7,000人のスキルを可視化─ヤンマーHDはグローバル共通の“400超スキル”をどう整備したのか
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グループグローバル2万7,000人のスキルを可視化するため、技術系65スキル、非技術系約400スキルを定義し、各スキルのランク基準(0~5)を設定。育成のみならず、報酬制度とも連動させている
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主なプロジェクト担当は人事3名。現場との徹底対話により、全部門を巻き込んだスキル設定を実現
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「CDP(Career Development Program)」と「HANASAKA UNIVERSITY」により、社員一人ひとりが自らの成長を実感できる仕組みを構築。また、スキルデータをベースとしたタレントマネジメントを基盤に、人事が経営判断に資する有益な分析情報をタイムリーに経営層へ供給提案できる仕組みをつくり、ヤンマーの新たな理念を実現する未来を創造していく
人事制度やスキルマップの再構築に課題を抱える企業が増える中、ヤンマーホールディングスでは全社・全職種を対象としたスキルベース人材マネジメント「CDP」(Career Development Program)を推進しています。
グループ115社・約2万7,000人を擁し、国内で年間400~500名の中途採用を行う同社では、技術系31職種に65の専門スキル、さらに非技術職の管理・営業サービス系16機能79職種に約400の専門スキルを設定。各スキルを0~5段階で可視化し、育成・報酬と連動させる大規模プロジェクトが進行しているのです。
なぜヤンマーグループはスキルベースの人材マネジメントにかじを切ったのか。どのようにして膨大な数のスキルを設定し運用しているのか。取り組みを主導する同社人事部の司尾龍彦氏に聞きました。
顧客価値創造企業を目指す取り組みの基盤に「スキル設定」がある
──貴社では全社規模・全職種でスキルベースの人材マネジメント「CDP」を進めているとうかがいました。この取り組みの背景を教えてください。
司尾氏:当社は、世界で初めてディーゼルエンジンの小型実用化に成功し、トラクターなどの農業機械を世の中に提供する企業として認知いただいています。「生産者の方々の暮らしを豊かにしたい」という創業以来のドメインに地道に取り組み、農業機械や建設機械、船舶などに関連する地に足の着いた事業を展開してきました。
これらの事業は今世界中へ広がっています。グループ115社に約2万7,000人の従業員を擁する規模となり、私が入社した25年前と比べても、グローバル化が格段に進みました。たとえば私の上司はインド人の女性役員ですし、事業トップも半分以上が外国人。海外売上高比率も60%を超え、多様な文化や経験を持つ人が集まる組織は強いと感じています。
一方、経営目線で見ると、2万7,000人のうち、どれくらいの人材がどのようなスキルや経験を持っているのかを把握しきれていないという状況もありました。新規事業も今後5年で2,000億円伸ばしていきたい中で、それを担える人材がどの程度存在するのかがわからない。そのため、データによる可視化が不可欠でした。
また、社員目線で考えると、「ヤンマーグループでどのように成長できるのか」を可視化したいという思いもありました。技術系では以前からスキルベースの取り組みで成功していたため、これを非技術系の管理・営業系職種へも展開し、スキルベースを共通言語にしたいと考えていました。

──社員のみなさんの成長実感に課題があったのでしょうか。
司尾氏:率直に申し上げると、過去には離職が続く時期もありました。個々の本当の退職理由はつかみにくいものですが、ヒアリングの結果などから、「成長実感がない」と思っていた人も少なくなかったと捉えています。
当社ではエンゲージメント調査も実施しています。年々スコアは伸びているものの、さらに伸ばすためには、社員のはたらくモチベーションを高めなければいけません。エンゲージメントスコアを重回帰分析した結果、個々人への教育投資が重要だとわかりました。
理想とするのは社員が自律的に目標を持てる状態です。そのため、ヤンマーグループでキャリアを積んできた人たちへのインタビュー記事を継続的に発信し、「このポジションになるために必要なスキル」が伝わるようにしています。
──社員が自律的に学ぶための体制も整えているのですか?
司尾氏:教育プログラムはスキルごと、レベルごとにそろえられるよう整備しているところです。
上司と部下の間では、いわゆる1on1を「Your Time」と名付け、どんなことでも上司に相談できる部下のための時間と位置づけました。上司側をサポートする仕組みとして、勉強会を企画して外部有識者を招き、育成が得意な管理職の傾向を分析して開発した、独自のコーチングトレーニングなどを提供しています。
最終的なゴールとして目指すのは、「顧客価値創造企業」としてヤンマーグループをさらに発展させることです。高度で価値のあるソリューションを提供できるように、組織として成長しなければなりません。それは個人の成長からスタートするものだと考えています。一連の取り組みをつなぐストーリーの基盤としてスキル設定があるのです。
3名のプロジェクトメンバーで全部門と対話し、400の専門スキルを設定
──非技術職でもスキルを可視化したとのことですが、具体的にはスキルをどのように定義しているのでしょうか。
司尾氏:「機能別に必要な専門スキル」と「すべての機能に共通なスキル」を分類し、それぞれにスキルランクを設定しています。
従来から運用している技術系では、研究、開発、品質管理・品質保証、生産の4機能・全31職種に65の専門スキルを設定。非技術系では、営業や物流、ファイナンス、総務、広報などの16機能で79職種、約400の専門スキルを新たに設定しました。

出典:「ヤンマーホールディングスが実践する育成体系再構築とスキルベース人材マネジメント」より
これらの職種ごとにスキルランク共通基準を当てはめ、0~5のランクを置いています。ランク4とランク5になれば、専門家としての報酬が得られるよう新たに設定しました。

──非技術職のスキル設定はどのように進めていったのですか?
司尾氏:こうしたスキル設定は人事だけでは進められません。各事業部門に対して一から説明し、協力を仰いでいくことも必要でした。人事メンバーで主にこのプロジェクトを担当しているのは私を含め3名。手分けをして3名で全部門と対話していきました。
実は当社では、過去にも非技術系のスキル設定に取り組んだことがあります。このときは、スキル整備や教育に関してグループ会社が担っていたのですが、グローバル規模での整備や浸透がなかなか難しく、プロジェクトは頓挫してしまいました。そのため現場からは「前にうまくいかなかったじゃないか」と抵抗する声も上がり、マイナスからのスタートだったのです。
この状況を乗り越えるため、役員から各事業部門に「絶対に成功させるのだ」という意思を伝えてもらうとともに、人事として徹底的に現場に寄り添いました。各部門の状況や実情を丁寧に聞き、「一緒にやりましょう」と伝えていきました。
──職種数も専門スキル数も膨大ですが、スキルを整備する中で特に苦労したことは?
司尾氏:グローバルで整備することを前提にしているのですが、総務や労務など、いかにも日本的なスキルが含まれてくる職種もあります。総務ではローカルの法律に基づく実務がありますし、労務でも国内の労働安全衛生法などに左右される部分があるのです。これらを世界に通用する言い方に変えることが必要でした。
また、特に大変だったのは営業系の職種です。商品ごとに営業スタイルが大きく異なり、スキルとして統一しきれないので、最終的には「エンジンの営業」「アグリビジネスの営業」など、商品群ごとにスキルをセットしています。

出典:「ヤンマーホールディングスが実践する育成体系再構築とスキルベース人材マネジメント」より
こうしたプロセスを経て、2026年4月からは全グループ会社での運用を開始します。同時並行で海外でもスキルベースの人材マネジメントを進め、2027年に完成予定。世界中にどんなスキルを持つ人がどれだけいるのか、即時確認できるようになります。
採用・育成・評価・報酬のすべてをカバーするプラットフォームを開発
──CDPでは、一人ひとりの社員をどのように評価していくのでしょうか。
司尾氏:新たに立ち上げた「CDP委員会」が軸となります。
CDP委員会は、設定したスキルが陳腐化していないか、変えるべきスキルはないか、スキルレベルは適切か、一人ひとりがこのスキルの状態でいいのかなどを審議する会議体です。スキルは生き物であり、事業環境や世の中の仕組みに影響されるものなので、CDP委員会が毎年必ず見直しを行います。また、部門別のスキル状況を分析し、全社最適の育成計画を策定する役割も担っています。
実際の評価では、個人の自己評価からスタートし、それぞれに自分の立ち位置を確認してもらいます。それをもとに上司がレビューし、本人と話し合って3年間の育成計画を策定するとともに、必要なスキルを獲得するための1年間の学習計画を立て、研修やOJTを通じて学んでいきます。
高ランクのスキルについては、CDP委員会で個々人が設定したスキルが適切かを審議・認定。本人へフィードバックし、再び学習と成長のサイクルを回していきます。

出典:「ヤンマーホールディングスが実践する育成体系再構築とスキルベース人材マネジメント」より
──このサイクルでは、社員が自律的に学習できるようにすることがカギになると思います。どのような体制でサポートしていくのでしょうか。
司尾氏:CDPの一連の取り組みを支える基盤として、「HANASAKA UNIVERSITY」と名付けたプラットフォームを開発しました。このプラットフォームでは、自分のスキルの現在地を確認したり、ロールモデルとなるポジションの人たちのインタビュー記事を読んだり、目指すスキルの習得に必要な学習メニューを選んだりと、個人の成長に必要なメニューを網羅しています。2026年6月に社員へ公開する予定で、グローバル版も用意していきます。

出典:ヤンマーホールディングス 「HANASAKA UNIVERSITY」画面イメージ
※上記画像はイメージです。現在開発中のため、実際の画面とは異なる場合があります。
スキルは重要な要素の一つです。スキルも含めた全体パッケージとして「HANASAKA UNIVERSITY」があるのです。
──採用活動の文脈で考えると、転職希望者にとっても「HANASAKA UNIVERSITY」は魅力的なプラットフォームになりそうですね。
司尾氏:そうですね。将来的には転職希望者の段階から「HANASAKA UNIVERSITY」を活用し、ヤンマーグループ入社後のキャリアの可能性を考えてもらえる体制をつくりたいと考えています。2026年4月以降、採用コンテンツとも随時連動させていく予定です。

スキルデータ分析をもとに、人事も新規事業を提案できる未来に
──スキル設定と可視化が進んだ現在だからこそ見えてきた課題はありますか?
司尾氏:まずは、この仕組みが機能するかをチェックしていくことが重要だと考えています。キャリア形成への考え方は日本と海外で異なるため、グローバル全体でCDPへの納得度を高め、活用してもらえるようはたらきかけていきます。
また、スキル設定が進んだ今だからこそ、人事は経営層に対してこれまで以上の価値を発揮していかなければならないと感じています。スキルベースのデータ分析ができるということは、「こんなスキルを持つ人材が育っているから、こんな事業を展開できる」と人事が提案できるということ。経営が求める事業要件に合う人材を即座に提示することもできるでしょう。
当社において、人事の存在価値が本当の意味で高まるのはこれから。期待される役割の大きさにワクワクしていますね。
──将来に向けたヤンマーグループの人材戦略や展望もお聞かせください。
司尾氏:私たちは今、人事業務の効率化と高度化を目指す「未来人事プロジェクト」を進めています。私は採用・育成を職責として取り組んでいるところです。
採用についてはグループ全体の国内採用を1か所にまとめ、採用ブランディングも統一していく計画です。その先には、海外も含めた5極体制を構築したいと考えており、そのためのグローバル採用ポリシーの制定にも着手しています。
ヤンマーグループが世界中で「顧客価値創造企業」として認知され、新たな価値を届ける存在となれるよう、人事の取り組みをさらに進化させていきたいと考えています。

【取材後記】
純粋なプロジェクトメンバー3名という体制で、なぜここまで大きな変革を実現できるのか。この問いに対して司尾さんは「会社が好き。その思いに尽きる」と話してくれました。司尾さんは過去に事業人事(HRBP)を長く務めており、現場での経験が「この会社をもっと良くしたい」という強い気持ちにつながっているそうです。プロセスやノウハウが重要であることはもちろんですが、それ以上に、人事のキーパーソンに思いがなければプロジェクトは進まない。そんな学びを得た取材でした。
企画・編集/酒井百世(doda人事ジャーナル編集部)、南野義哉(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/小椋雄太
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